象牙一筋、最大の在庫量を誇る 信頼の企業  京象牙 白宝

滋賀県高島市マキノ町海津迎賓館
0740−28−8051
 
象牙一筋の当社が保管している資料をもとに作成した

「象牙の輸入量の変化」時系列表

西  暦
輸 入 量
備    考
1880年代 8.3トン/年平均 象牙の大部分はタイ及び東インド諸島からの輸入
1890年代 18.2トン/年平均 大部分はインドから輸入された硬質の象牙で、日本の輸入業者は東アフリカの柔らかい象牙を敬遠した
1900年代
1910年代 50.8トン/年平均 インド産の硬質な象牙だけでは足らず、アフリカ産の象牙の輸入量がインド産の象牙を上回る
1920年代 78トン/年平均 アフリカ産の象牙を大量輸入開始
1937年 72トン 日本が中国に侵略し輸入量が減少
1938年 16トン  
1942年 日本政府は贅沢品の輸入を禁止
1948年 14トン 第二次世界大戦終了3年後
1950年代 70トン/年平均 ほとんどの象牙はアフリカ産
1960年代 118.3トン/年平均 輸入量は一貫して増加
1970年代 255トン/年平均 日本は世界最大の象牙消費国になる
1980年 294トン インド象の象牙全面輸出入禁止
1981年 308トン アフリカ象の生息数120万頭
(世界自然保護基金WWFの調査)
1983年 476トン アフリカ象の象牙輸入量が年間470トン(象2万数千頭分)を超える大幅増
1984年 474トン
1988年 105トン アフリカ象の生息数が7年前と比べ半減の62万5千頭
(世界自然保護基金WWFの調査)
1989年 92トン 突如、アフリカ象の象牙輸出入全面禁止となる
なお、この時の日本国内象牙保有数は190トン
当時の日本国内象牙年間需要量は60〜70トン
1990年〜
  1998年
 
1999年 60トン 全面輸出入禁止処置から丸10年が経過、逆にアフリカ象が増えすぎ農作物や原住民に被害が続発
日本向輸出に限り、アフリカ3カ国(ナミビア・ジンバブエ・ボツワナ)から合計60トンの特別枠が1回限りで実現
2000年〜
  2005年
 

  明治時代に入り日本の国際化が進むにつれ、象牙輸入量が増えて行くのが分かると思います。
また、 第2次世界大戦勃発と同時に輸入量が激減し、1941年の日本国政府による「贅沢品輸入禁止」により1942年には輸入量がゼロにまでなりました。

  戦後、アフリカ産の象牙の輸入が主となったため、1980年のインド象の象牙全面輸出入禁止となった以降も、日本の輸入量は右肩上がりに増え続けます。

  世界自然保護基金WWFがアフリカ象の絶滅危機を提唱したのを機に輸入量は減少へ向かい、1989年のワシントン条約によるアフリカ象の象牙輸出入全面禁止以降、日本国内の象牙産業は現存するわずかな象牙のみとなりました。

  しかし、アフリカ象の象牙全面輸出入禁止から10年後の1999年にただ一度だけ、アフリカから60トンの象牙輸入が実現しましたが、その後輸入再開のめどはたっていません。

  上記のグラフは「象牙の輸入量」と「1966年の象牙の価格を10とした場合の価格指数」の過去40年間の推移です。
ご覧いただきますと1985年以降輸入量と反比例するように象牙の価格指数は上がりつづけ、1989年の価格指数「118」に比べ象牙輸出入全面禁止後の1990年には象牙価格指数は「254」と1年で一気に2倍以上に急騰しています。
  その後も1999年の一時的規制緩和の年を除き、象牙価格指数は上昇の一途であることがお分かりいただけると思います。1966年から2004年を見ると、なんと38年間で36.4倍にまで価格指数は上っています。また、今後も輸入再開の見込みが限りなく少ないため、価格は上昇し続けることが見込まれます。

  以上のことから、いま象牙を所有することは資産運用の観点から見ても投資的な価値が非常に高い事がお分かりいただけると思います。

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